ミリョン(密陽)への旅を想像
ミリョン(密陽)への旅を想像
映画『シークレット・サンシャイン』を見て、切なく感じました。いつかミリョンへ行き、ロケ地巡りだけではなく、作品のさまざまな場面を振り返ってみたいと思います。
作品が残している感覚
私が感じた切なさは、作品が意図的に残している感覚に近いと思います。大きな解決や浄化を示さず、地上の小さな行為と空白で終わったからこそ、観たあとに何かがまだ残っているような気持ちになります。
密陽は映画の原題でもあり、作品の舞台そのものです。ロケ地を巡るだけでなく、この作品を振り返るために行くという目的は、作品の終わり方とも響きやすいと思います。
普通の道を歩くこと
実際に訪れる場合は、映画の特定の場面を追うよりも、町の普通の道や川沿い、小さな広場のような場所で、少し立ち止まってみるのが合いそうです。映画が最後に映した地面のように、特別な観光スポットではない場所のほうが、作品を振り返る手がかりになりやすいです。
映画の中で気になる「何気ない街中、商店に挟まれた道路」という感覚は、作品の作り方そのものに近いです。イ・チャンドン監督はミリョンを選んだ理由として、特別な風景ではなく、ごく普通の小さな町の日常的な通りが残っていることを挙げています。実際の撮影も、街の中心部から少し外れた普通の二車線道路や、商店が並ぶ通りを中心に行われています。
ピアノ教室兼自宅と周辺の道
シネのピアノ教室兼自宅は、ミリョンのカゴクドン周辺にセットとして建てられたもので、現在はカフェとして使われているという情報が確認できます。前の道路の横断歩道をシネが歩く冒頭近くの場面は印象的で、街に入ってきた直後の彼女の姿を、ごく普通の街並みの中に置いています。
カフェのロケ地を訪れるついでに、その周辺の普通の道路を歩くという計画は、作品を振り返る方法としてよく合っていると思います。横断歩道のあたりから少し歩いて、商店が並ぶ通りを一通り通ってみるだけでも、冒頭の場面の印象が別の形で戻ってくるかもしれません。
美容室との関係
美容室は、ピアノ教室ほど明確な住所や現在の施設として残っている情報が少なく、同じく密陽の街中で撮影された普通の商店街の一部として扱われています。退院後にシネが訪れる美容室は、犯人の娘が働いている設定の場所で、ピアノ教室の自宅とは別の地点として描かれていますが、どちらも「特別な場所」ではなく、商店に挟まれた普通の道路沿いの施設として配置されています。
ピアノ教室はカゴクドンのセット跡を中心に、美容室は同じ街の中の別の普通の通りとして位置づけられます。どちらも密陽の日常的な道路網の中にあり、徒歩や短い移動で行き来できる距離感で撮影されています。
現地でのメモ
今のうちに、特に印象に残った場面や感覚を短くメモしておけば、現地に行ったときに「あのときの自分の見方」と重ねやすくなります。現地で「この道の感じが残っている」と感じた場所があれば、短くメモを残しておくと、後で映画を見直したときに、室内での観察とつながりやすくなります。