『キル・ボクスン』草稿の分析
草稿(『길복순 각본집』を読んだメモ)は、殺し屋の説明から入っていません。仕事のあと片付けを背景にして、母の時間のほうを先に置いています。
場面33が先に置いているもの
場所は「버려진 창고 – 폐수영장」(捨てられた倉庫・閉鎖プール)。見出しも仕事内容ではなく、こうです。
작업을 마치고 시체를 정리하는 희성에게 자신의 넋두리를 하는 복순『길복순 각본집』254頁
「仕事を終えて遺体を片付けるヒソンに、自分の繰り言をするボクスン。」
カメラは血の池、ビニール、靴の順に寄ります。手はヒソンの仕事、口はボクスンの家です。
代表に「生まれつきだ」と言われた話から、すぐに養育の話へ折れます。
하나부터 열까지 나랑은 반대로 키우고 싶었어.
근데 앨 보면.. 가끔 어린 시절의 내가 생각나. 그게 섬뜩해.『길복순 각본집』254頁
「一から十まで、私とは逆に育てたかった。でもこの子を見ると、ときどき幼いころの自分が浮かぶ。それがぞっとする。」
設定紹介ではなく、母の視線が先に来ています。
天井を見てひとりで続ける言葉も、手順ではなく約束です。
재영이 낳기로 결심했을 때, 대표님이랑 약속을 하나 했어.
일엔 절대 지장을 주지 않기로.. 근데 그게 힘들어. 몸보다 마음이 더.『길복순 각본집』255頁
「ジェヨンを産むと決めたとき、代表と一つ約束した。仕事には絶対に差し障りを出さない、と。でもそれがつらい。体より、心のほうが。」
と自分で言っています。死にゆく瞳に自分の顔が映る日は、家で子と目を合わせるのが怖い。殺し屋の技術ではなく、帰宅の恐怖です。
ヒソンが会社に正直に言えば、と水を向けると、ボクスンは辞めたい側には立ちません。
애 때문에 일을 포기하긴 싫은 거야. 내가 엄마로서 자격이 없나?『길복순 각본집』255頁
「子のために仕事を諦めたくない。私に、母としての資格はないのか。」
と自分を詰めています。母を辞める話ではなく、母のまま仕事を続ける話です。
ヒソンの返しが、この場の主題を一行で固定します。
이제는 어떻게 죽일지보다 어떻게 키울지를 더 고민하잖아요.『길복순 각본집』257頁
「もう、どう殺すかより、どう育てるかをより悩んでいるでしょう。」
草稿はここで「設定解説」を終わりにせず、先輩はかなり良い母だ、と先に言わせます。ボクスンは短く笑います。広角(CUT 8)に引いて、飲み物も買ってこない先輩、で場を下ろす。殺しの講義ではなく、母の繰り言のあとの雑談です。
길복순か 킬복순か(「ギル・ボクスン」か「キル・ボクスン」か)、とヒソンが聞くのも同じです。名前の分け方が、職能ではなく家に帰る顔の話になっています。
冒頭の橋(場面3)も、締めは母の時計
漢江の橋、シンイチロウとの対決。CUT 51–53は仕事です。倒れた男、日本語の罵り、「미안」、もう一発。
そのすぐあと、CUT 54-1でボクスンはこう言ってフレームアウトします。
마트 문 닫을 시간이라..
スーパーの閉まる時間だから。『길복순 각본집』●頁
地下鉄が入り、タイトル。殺しのあと exposé は続きません。締める時計は会社ではなく、買い物の時間です。
監督が「東湖大橋の設定」「ムード優先」と言った冒頭と、脚本集のこの終わり方は噛み合っています。決闘の説明より、閉まる店に間に合わせる母が残る。
直しとして見える点
殺し屋の世界観(規則、代表との契約、矛盾した平和)はヒソンが口にします。ボクスンの台詞の主語は、ほぼジェヨンと帰宅です。
順番もはっきりしています。
- 子を自分の逆に育てたい
- 子に幼い自分が重なる
- 出産のとき、仕事を邪魔しないと約束した
- その約束が心を削る
- それでも仕事は手放したくない
- だから母の資格を疑う
- ヒソンが、悩んでいる中身はもう「育て方」だと言う
職能の解説は、この列の脇にしかありません。「教育上よい殺人はないのか」も、仕事の理論ではなく、母の自己嘲弄です。
草稿が見せているのは、殺し屋が母でもある、ではありません。母の時間を先に置き、仕事はその時間に食い込む、という配置です。スーパーの閉店が、その配置の短い証拠になっています。